초록
일본어
今回調べた中国語の疑問代名詞「甚麼・什麼」は、中国においても比較的新しい語である。最初は
漢詩や仏教関係の書籍に用いられ、漸次中国俗文学に広まり、疑問詞として基本的に多く用いられ
る語である。
日本の近世は、唐話学の影響で中国語への関心が深まっていったが、会話は勿論のこと輸入され
た書籍にも疑問代名詞の「甚麼・什麼」が多用されている。これらの書籍を読んだ日本人は、「唐
話辞書」に「甚麼・什麼」を難解な語として取上げている。
中世の仏教関係の書籍には、中国俗語がいくつか鏤められているが「甚麼・什麼」も特に禅語と
して用いられていた。近世になってからは、日本人作白話小説、漢文戯作類、読本などにも多数
あった。普通は、「如何」または「何」と関係ある語を用いながらも、新語である「甚麼・什麼」を多く用いていることは一種の流行語であったことを意味している。近代、特に明治期の文学作品
にも「甚麼・什麼」の語が用いられている。たまに「甚麼様・什麼生」の例もあり多様性が見られ
る。また、永井荷風、尾崎紅葉、泉鏡花、石川啄木のように個人的に好んで多く用いていたことが
確認され、作家によっては両語の使い分けも見られた。
明治期における「甚麼・什麼」の音と訓を提示すると、「甚麼」は、「にんも、いんも・じん
ま・いかんぞ・いかんが・いかなる・いかならん・いかな・いかにぞや・いかに・いかん・いかに
も・なに・なにか・なんだ・なんだか・なにやら・どんな・どんなだ・どんなに・どのやうな・どの
やうに・どうか・どう・どうして・どうした・どうやら・どういう・どうも・どうでも・どの・そん
な・いかがわしき」など色々の訓があるが基本的には「いかん」や「どんな(に)」の訓である。
「什麼」は、「そも・しうも・しんも・そもさん・にんも・いかに・いかなる・いかが・いかばか
り・いかにも・いかな・いかやうの・どんな・どんなに・どのやうに・どのやうな・どう・どうして
も・どうした・どうする・どうも・どうか・どうにも・どうにか・どうでも・どうの・なんぼ・どう
だ・そんな・なんの・なん・なんだ・なに・なんで」のような音・訓がある。それから、文語的訓
から口語的訓に変わっていったことや、時代の反映も見られたことも明らかになった。つまり、日
本語の疑問代名詞を表現するために、中国俗語である「甚麼・什麼」を借りた形で表記していたの
である。このことは、唐話学の反映でもあり、その影響力は意外とあったということを物語ってい
るのである。
