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【日本文學】

『蜻蛉日記』における二分法的構造 -女性的論理の構築について-

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『청령일기』における이분법적구조 -여성적논리の구축について-

鄭順粉

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초록

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『蜻蛉日記』は、日本文學史上女流日記文學の嚆矢として位置づけられている。內面の世界を時間の推移によって書き綴る日記文學というジャンルは、紀貫之の󰡔土佐日記󰡕によって始められたものの、女流日記文學という項目を別に置いて道綱母の『蜻蛉日記』を本格的な日記文學の嚆矢と稱しているのである。それは、まずは言うまでもなく、感情の自由な表現が可能な假名の主な使い手が女性であったことに起因するだろうが、それにもう一つ考えるべきことがある。女性固有の精神世界が日記文學形成に大きく作用している、という點である。女性固有の精神世界、それは日記文學を成り立たせる最も基盤たるものとして作品解析に重要なベクトールとなるはずである。
本稿では、『蜻蛉日記』において「內なるもの(內面世界、自己․自我、願望)」と「外なるもの(外部世界、夫、現實)」からなる二分法的構造について考察を行ない、今までは疎ろそかにされてきた女性的論理というものをより積極的な意味で考えてみた。すなわち、『蜻蛉日記』における女性的論理がいかに構築され、またそれがいかに作品の中で基盤を成しているか、その過程を摸索したのである。
『蜻蛉日記』において、「內」なる世界である道綱母の自我と「外」なる世界のすべてである兼家とは、ついに同一化されることがなかった。兩者は日記の最初から對立と敵對の關係で、最後まで合一化しない。勿論、兼家の病氣の際見舞いにわざわざ兼家の所を訪れるなど、一時的に二人の間に共感帶が作られる場合もある。しかし、それは道綱母の期待を大きくし、その後夫に對する感情を惡化させる機能をしている。『蜻蛉日記』において描かれている兼家の像は、言うまでもなく歷史的實在としての客觀的なものではない。あくまで道綱母の心をくぐりぬけて表現された、極めて主觀的な像である。兼家の人物像は、當時の結婚形態である一夫多妻制の下では、むしろ當り前のものとも言える。從って、『蜻蛉日記』における「內(自己、自我)」と「外(外部世界)」の對立構造は,作品形成の基本論理になっており、それは至極女性的な論理であったと考えられる。

목차

Ⅰ. はじめに
Ⅱ.「內」なるものの自覺
Ⅲ.「外」なるものの實體
Ⅳ.「內」と「外」の對立․敵對
Ⅴ. 日記文學と女性的論理
Ⅵ. おわりに
【參考文獻】
 <要旨>

저자정보

  • 鄭順粉 정순분. 培材大學校 助敎授, 日本古典文學

참고문헌

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