원문정보
An Essay on the Destiny of the Third Recluse by Mushakoji Saneatsu
초록
영어
He tried to describe the extremely lurid destiny of coming close to Jesus, but by disappearing from the community, couldn’t realize the completion of it and shows the features of a fatalist. It looks to be unnatural that this is analysed into Mushakoji’s symbolic code suggesting leaving for the new village. But still the disputant to a certain degree intends to value describing the aspiration toward similarity to Jesus. Mushakoji puts his literary value not on others different from myself, but on being conscious of and discovering another side of myself through the others. Also he has the weakness that he doesn’t agonize to seek the method of being able to accompanningly improve my subjective will and others. That will be clearly revealed when the trilogy of Christianity is comparatively analysed.
일본어
この作品は現実を理想化しようとする作家の認識が現れている。理想的な共同社会を背景で時空を越えた舞台と人物が登場する。1920年代の理想的小説傾向の把握と小説様式の先駆的実験性を解明するためにももっと積極的に検討する必要がある。 武者小路は幻想から現実へに登場人物を返したが、その現実は普通の人間の社会ではなく、理想を夢見る現実社会であることを描い出して、当時、その建設に真最中であった新しき村の成功を祈願したい切実な心情を表象したのである。そして新しき村内での紛糾のあとの作品であるから幸福者耶蘇よりその悲劇性はあまり感じられない。それは個人とともに社会の力と関係の力を大事にしたからであろう。 武者小路は自分の主体的意志が他者と同伴上昇できる方法を苦悩しない弱点が見えるが、自分とは違う他者ではなく、他者のなかの自分の新しい資質を意識し、発見することでその文学的価値を置いている。個人の欲望と社会的不条理を引き出して、現実に戻るまたは、背く過程を通じて、自我省察という発見の過程を循環させている。 耶蘇に近付こうとする人間の凄絶な運命を書こうとしたが、共同体から消え去って、共同体の完成は果たせないたまま、運命にまかせる運命論者としての面貌が現れる。これは新しき村からの離村を暗示する武者小路の象徴コ-ドと解釈することは無理かも知れない。ただ筆者は耶蘇を似つつあろうとしたその向上意識を描き出した点を肯定的に評価しようとする。
목차
2. 이상적 세계
3. 환상과 기법
4. 종교적 성향
5. 운명과 갈등
6. 나오며
參考文献
<要旨>