원문정보
초록
일본어
この考奈は,早い時期,つまり,B.C.時代に,黃河下流,渤海灣一帶に長らく生活し,甲骨文字らを創製した諸部族の言語を深るために,今日(古代)の韓國語,日本語,漢語らに,これらの言語が混在されている可能注を豫見し,この三國の言語の中に共通的に使われている語彙を深り,古代日本語,韓國語の造語法を發見するのが本論の主な狙いである. その考察の結果,多くの語彙が共通的に使われているのが見られ,今までの硏究方法論において,全く反省せざるを得ないように見える. 今までの硏究は,ただ外見から見て,類似の語彙を集めて,同源だの何だのと,極く皮相約に觀察した硏究方法であり,それが,斯界における硏究不振の主な原因ではないかと思れれる, 今後の,この東北亞一帶の言語の硏究においては,何よりも,その言語の造語法を徹底的に硏究しなければならないと思われる,ただ,外見上の音義の類似默だけでなく,その造語の發想に關する內容なよくつかむのが先ず大事であると思われる. 例えば,日本語の`きり`という名稱には,`霞`と`桐`の雨方がある.外見上から見ると何等の關係もないようであろう. しかし.この雨語は`取りまく,區切をつける`という基本的發想から造語された單語同士である. それをいうと,山麓の`霞`は,いつも,帶のように,山をとりまいているのがよく見られる.一方,`桐`においては,その花盛りの時は,周圍から自立つように區切っているのが見られるであろう.本來の桐の字は`桐`ではなく,`榮`である.上邊の雨火字と,`ぅかんもむり`は`區切りをつける`ということを表しているのである.例えば,`營`は`兵營`が表しているのが如く,`區切りをつける`という意味を表し,`螢`は暗い周圍から自立って,`區切りをつける`ということを表している. このような造語法から言葉をどんどん作っていくのである.今度の硏究は.このような造語法を發見したのが.大きな成果といえようか. <本論は,1990年度,國際交流基金に招かれ,國際日本文化硏究センタ-外來硏究員として來日し,`古代日本語,韓國語の硏究`の一環として硏究された成果の一部であることを記す.>
목차
結論
參考文獻
要旨
