초록
일본어
日本近代文學を言及するにおいて多くの場合, 西歐文學あるいは文化と切れない關係にあるキリスト敎の思想との關係を論じられない. キリスト敎思想は日本の近代精神史, 思想史に大きな足跡を殘した. 日本の近代文學にも大きな影響を與えたことは言うまでもない. 明治期靑年たちの信仰指導者になった人は內村鑑三だった. 內村が數多くの文學者の靑春期に影響を與え, ほとんど例外なく彼等に背かれたことは廣く知られている. しかし彼らの作家たちが自分の文學を確立することができたのは, 內村からはなれ, キリスト敎からはなれることによってであったのである. 一時期に內村に心醉し, 師事した作家たちが何故に內材から去って行ったのかについては, 各各の作家によって異なっているが, 共通的に指摘されていることは內村の獨善的な文學觀と嚴格な倫理主義である. 白樺の同人で, 理想主義の文學を標 し, 私小說の作家として知られいる志賀直哉(以下, 志賀にする)もゆはり背敎の道を步いて行った作家の中の一人であった. 志賀は自分の精神的自立と作家への道を求めてごく自然に內村から離れているのである. 本論文では志賀において內村鑑三の影響という側面から彼の實生活面と文學作品に表われているキリスト敎的な影響を中心に考察した. そして內村の影響について『內村鑑三先生の憶ひ出』で,「その人の人間が私の人間に影響したといふ意味で, 若しその人との接觸がなかったら, 自分はもっと生涯で無馱な廻り道をしてるたかも知れない」と書いたあとで, 彼は先生にとって餘いい弟子ではなかった事を認め, 第一に正しきものを憧れ, 不正虛僞を憎む氣持を先生によって引き出されたこと, 第二に二十才前後の最も誘惑の多い時代を大過なくすごすことの出來たこと, そして第三に渡良瀨川の鑛毒事件などがあったにもかかわらず, 社會主義にもかぶれなかったことと三つの点で內村に感謝していると明確に話している. 內村との交涉によって作家として自我の內實を滿した志賀はその師との別れによって,「白樺」を通じた個性的で新たな作品活動による第二の靑春の誕生を迎えた. 志賀は內村から去ったが, 內村を尊敬し續けていた. 內村を去った1907年以後にも彼の影響は志賀の心の中で續け, 生涯にかかって彼の精神に大きな影響を與えたと考えられる. そして志賀の作品の中にはキリスト敎の作家とは異なって, 作品の中には神とか聖書を引用した直接的なことは言及されていないが, その主題や素材面でキリスト敎的な影響が充分に見られる. そして內村から敎えを受けた7年餘の間において彼を最も苦しめ, 考えさせた問題は姦淫の罪の問題であった. それについては『濁った頭』『大津順吉』などの作品に觸れている. これらの作品は自然の生態である性を尊重する日本文化とキスト敎的な思考の差から來たことで後に內村をはなれる契機になった作品である.
목차
2. 일본 近代作家와 우치무라
3. 志賀直哉에게 미친 內村鑑三의 影響
4. 志賀直哉의 작가적 自我형성
5. 『濁っだ頭』의 性慾과 戒律
6. 맺음말
참고문헌
要旨
