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초록
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17宇の形式と季語を必須要件とした傳續俳句派と自稱し,返代俳壇において多くの俳人の支持をうけた高浜虛子の排句を理解するために`花鳥諷詠`について考察してみた. 第1章でば花鳥諷詠`の槪念について述べた. まず,虛子の排句論である「花鳥諷詠」論の內容を自然界·人間界の現象と俳句傳統性,そして文壇での俳句の位相順とに區分して察してみた.虛子の自然界の現象に人間事の現象も含めるという方法が特異すべきである.日本人にとって排句とは昔から自然なものであることを說明しつつ,日本が第一の國家になるときのため日本獨特な文學として俳句を確立させようとする自負心があるのもかった.次は`花鳥諷詠`の意味を昔の排句と虛子の立場とに分けて察してみた.`花鳥諷詠`が普の排句では作家の感興をあらわす手段としてつかわれたが,虛子においては俳句の對象.すなわち.俳句というのは自然の描寫であるという定義ら相異がみられる. 第2章ではまず.虛子俳句の多樣性を確認するために「花鳥諷詠」發表前後の句が集められた自選句集『五百句』を內容面からつにが類してみた. ユ-モア.골담の排句と浪漫約·空想的な俳句,そして自然を讚美した俳句とに分けて察してみた結果,ユ-モア·골담の句と浪漫的·空想的な句は後期になると減少し,自然を讚美したが多くなることを確認した.このような變化は初期の感情や抒情などを直接移入する方法が,自然をそのままを描寫しよする創作技法に變わったことによると思われる. 第3章では,`花鳥諷詠認`の根幹である自然への同化を察してみた. まず,自然への愛情において人間が自然の構成員であり主體者としてみるのは一般的な見解であるが虛子は自然の變化に順應しながら有情の目で肯定的にうけいれれば,自然は人間を害することがないと信じている.このような自然への愛情は俳句という文學をとおして自然と人問とが時によって大きく,時によって小さく表現されていることがわかった.また,自然への順應は諦念の消極的な姿勢ではなく,文學としての表現,すなわち,`諷詠`を通して自然の再創造を試みる積極的なものであることがわかった. このように虛子は絶對眞理という自然への同化にょって自然を俳句による客觀化,すなわち,`諷詠`という積極的な姿勢を持って獨自の文學をひろげていったゆえに近代俳壇の源泉になったとみられる.
목차
Ⅱ. 본론
1. '화조풍영'의 개념
2. 교시 하이쿠의 변화 양상
3. 자연과의 동화
Ⅲ. 결론
參考文獻
要旨
