초록
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本論文は日本,中世の南北朝動亂期に京極爲兼を中心として活躍した京極派歌人のなかで藤原爲子をその對象に歌論と和歌を考察することを目的とする.爲子の實際の作品を對象に彼女の特徵的な表現技法と彼女がどのような詠いぶりをしていたのかを考察した. これまで明らかにされている京極派和歌の共通の特徵は自然を光りと影,淡い光線で捉え,一首の中での時間の推移そ重視し,對比,反復などの表現技法,また字余り句が多いことなどである.それは特に敍景歌にその特徵が見られ,爲兼の歌論,歌風に基づき,實際の主催者でもある伏見院,永福門院が育成したものだと言われている.爲兼の歌風が從來の二條派歌風と區別されるところは字余りや從來あまり使われていをい歌語を大단に驅使し,歌を詠み,その歌そ論む作者の心を正確に表現しよしたところにある. 本論文はこういった特徵を持つ京極派歌人の中から,爲兼の姉である藤原爲子の和歌を對象にし,その歌人の特徵的な部分を考察してみた.また和歌を考察するにあたり,從來强調されてきた京極派和歌の共通的な特徵と考えられる部分よりは爲子の個性を表していると思われる和歌に焦点をあてて考察を試みた. 爲子の歌の特徵を考察した結果,若い頃の歌はまだ傳續的な二條派の詠法をひきずりながらも,斬新な歌語を試みるなど,その歌への氣負いがうかがわれ,玉葉,風雅に至ることが分かった.また傳統的な和歌や源氏物語などをよく詠んでおりそういった傳統的な和歌をよくこなした上で京極派的な和歌を詠んでいることが爲子の京極派歌人の中での特色として指摘できよう.
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