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明治시대의 ちゃう에 관한 고찰 話用論的 고찰

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A Pragmatic study on chyau of Meiji era

李德培

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초록

일본어

助動詞「ちゃう」の發生期である明治時代の口語においては「てしまう」と「ちまう」が-般的に使用され,「ちゃう」は「ちまう」より勢力が弱かった.本稿では明治時代に「てしまう」「ちまう」「ちゃう」が共存していたことに注目し,明治時代における「ちゃう」の語用論的意味を明らかにすることを目的とする.そのため,1891(明治24)年から1911(明治44)年のあいだに發表された小說23篇に使われた「ちゃう」の用例を檢討した.その結果,話者は 1)過去の危機狀況を回想するとき, 2)緊張が緩和されたとき, 3)決意や決斷を表わすとき, 4)期待がはずれたときなどの狀況において「ちゃう」を用いる傾向があることが明らかになった. 「てしまう」「ちまう」「ちゃう」は,統語的には同じ役割をしているが,話者の心理態度を表わすという点においては,それぞれ別の機能をもっていた.「てしまう」の變異形(variant)として「ちまう」「ちゃう」が共存したのは.話しことばにおける「ちまう」「ちゃう」の단う意味機能が異なっていたからである.特定の狀況において話者が「てしまう」「ちまう」「ちゃう」の단うちとれを選擇するかは,話者の位相やスタイル(style),話者の心理態度などの條件が複合的に作用して決められる. 明治時代以降の話しことばにおいて,「ちャう」は勢力が擴大していったが,「ちまう」は衰退の道をたどっていった.

목차

要旨
 1. 머리말
 2. 연구범위와 방법
 3. てしまう와 ‘버리다’의 의미
 4. 상황별 고찰
 5. 맺음말
 참고문헌

저자정보

  • 李德培 이덕배. 전남대 교수, 일어학 / 전남대 인문과학연구소 연구원

참고문헌

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