원문정보
초록
일본어
定型短詩というジャンル上の共通点を有する時調と短歌は各各傳統的な文學形態として近代文學に移植され.今日まで受け繼がれている.その發展課程を見ると.近代文學として定着する過程に.その形態の持つ制約をめぐって否定論が擡頭している.それにより.革新のための激しい內的變化をかさねてきたことも兩方に共通している.從って.1890年代からの日本の短歌革新運動と.1920年代半ば.韓國で起きた時調復興運動という兩國の文學史約な局面は.この二つの詩型間の關聯性を論ずる焦点になり得ると思う. 中でも.正岡子規と李秉岐は.各國の詩歌の革新過程の中で,實作と共に徹底した理論をも提示し.中心的な役割を단った人物である.二人の詩歌論及び作品を比較して見た結果.李秉岐の時調革新において,子規の方法的な側面が受容されていることが分がる.卽ち,二人の革新の方向は.古典の批判や再解釋をその出發点としており.豊富な素材そ活用して陳腐した技巧の戱れから脫しなければならないという主張として同樣に見られる. また,最も重要な要旨と言える寫生論の主張が.同じ論調で展開されており,主觀と容觀とが調和した抒情的寫生の實踐が實際の作品においても共通的に現れている.子規と李秉岐の成功的な寫生詩歌では.客觀描寫という形で切除されてはいるが.對象との含致によって現れる作家の精神を感じ取ることができる.二の精神は子規に於ては$lt;誠$gt;の理念に.李秉岐においては$lt;悟道$gt;という境地として理解できると思ぅ.$lt;誠$gt;と$lt;悟道$gt;とは兩國の傳統の再解釋から新し$lt;發見された美意識であり.その根源的を情緖ま異なるといえとも,對象と作者との內部精神の照應によって生命の感賞を捕捉するという点では同樣であると言える.このことは時調と短歌が,兩方とも主觀的は抒情を詠むにふさわしい文學形態であることにも起因する.從って,子規と李秉岐の詩歌革新は,このような本質の發見と,近代性としての個人の自我による新しい自然を獲得したと理解することができる.
목차
1. 문제제기 및 연구목적
2. 혁신론의 유사성
3. 사생론의 전개
4. 사생론의 적용
5. 맺는 글
참고문헌