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中期忠臣蔵もの黄表紙の展開史攷

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A study of " Tyusinguramono Kibyousi " in the middle stage

康志賢

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초록

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江戸時代の黄表紙における忠臣蔵ものの展開史を考察するという課題を達成するために, 忠臣蔵ものが集中して 書かれていた寛政八年(1796年)から寛政十年(1798年)までを中期とし, 本稿では中期の忠臣蔵もの展開史につい て論じた。 築地善交の一作, 十返舎一九の七作, 曲亭馬琴の二作を詳論した結果, 中期忠臣蔵もの黄表紙につ いて次のようにまとめられる。 寛政八․九年においての忠臣蔵ものはやはり先行作有ればこそという趣向の踏襲を見せながら、一九の新登場 によって活気づけられた時期である。京伝の作品は築地善交․一九․馬琴に多大な影響力を発揮し、殊に何々尽 しという手法を三人全員に受け継がせる。それは唐物尽しだったり、世帯道具尽しだったり、薬方尽しだったりする。また 一傾向として判然としたのは、この何々尽しという手法を真似ている三人の忠臣蔵ものの場合、筋を忠実に追いながら 翻案の妙を競うという安永八年朋誠堂喜三二が打ち立てて以來の忠臣蔵ものの基本テクニックを真面目に守ってい るというのも、共通点であるという事実である。更に一九は京伝の見立ての細かい技法、唐來參和の趣向の立て方等 を倣ったり、馬琴は喜三二の二重構成法を用いたりしながら、その中でも忠臣蔵後日譚という形式に目覚め、確立させ る程の作品数を短期間にものにしたのは一九であった。特にこの後日譚という形を使った一九の忠臣蔵ものは、原作の 人名と事件の動機のみを借りては、ストーリーを自由に遊ばせたことから、今までの忠臣蔵ものとは一線を画する滑稽 性を生み、主に権威を卑俗化するのが黄表紙だとしても、それを越える卑俗性と猥雑さ․スカトロジーという一九のお手 の物の手法を見せ付けた忠臣蔵ものになっている。 寛政十年にはかなり独特な性質の忠臣蔵ものが色々書かれている。一九は自分の草双紙表現方法として考えて いた洒落․無駄․地口すら用いない忠臣蔵もの黄表紙三作を刊行している。前年度の二種の後日譚忠臣蔵もので 見せていた言語遊戯による滑稽性ではなく、寛政十年の作品では一括して意想外な事件の故事付けから滑稽性を 求めていた。しかしこの手法は繋がることなく,以降ものにする忠臣蔵ものには一九得意の言語遊戯がまた生き返って充 満するようになり、それが滑稽本の形式を借りた忠臣蔵ものへまで受け継がれるのである。一方、今までの忠臣蔵もの にも少々は見られていた教訓性を全面的に表に出しながらも、台詞で洒落のめすことで忠臣蔵もの黄表紙で教訓を 述べようとする時の最も効果的、且つ適切な模範を示した作品を唐來參和が発表している。また、馬琴は得意の教訓 すら口を出せないような絵解き黄表紙の忠臣蔵ものを戯作界で初めて出すに至っている。

목차

要旨
 1. はじめに
 2. 寛政八․九年(築地善交․十返舎一九․曲亭馬琴)
 3. 寛政十年(十返舎一九․唐來參和․曲亭馬琴)
 4. おわりに

저자정보

  • 康志賢 강지현. 麗水大学校 助教授

참고문헌

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