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藤村のパリへの旅以後の文明観は、「もつともつと欧羅巴から学ばねばならない。そして自分の内部にあるものを育てねばならない」(『海へ』17)と言うもので、偏狭な愛国主義者に対して「小さな反抗心を捨てようではありませんか。もつと欧羅巴から学ばうではありませんか」(『平和の巴里』)と述べる西洋肯定的、発展志向的な文明観であった。こうした観点は、『夜明け前』を経て、『東方の門』に至る過程で東洋文化の肯定的認識に移る。日本的なるものを求めて〈古代に帰れ〉と言い続けた先人等が近代欧羅巴に、世界に何を求めたかを踏まえ、先人等が求めた「東洋の再認識」と「古代日本に帰れ」の声に耳を傾けている。古代の日本では、周辺諸国との文化の交渉、交流がすでに行われていた。
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