원문정보
초록
일본어
『徒然草』の序段が持つ意味は作品全体にかかってくる。平安時代以来多くの作品から見られる序または跋には、書記行為に臨んだとき作家にもたれる意識が潜むからである。しかし今まで『徒然草』序段は現代的で便宜的な先入観によって誤解されてきた。『徒然草』をカノン(正典)化するための努力が、かえってこの作品を文学史の中で孤立させた結果を生み出したのではないかと思われる。院政期から鎌倉初期にわったて書かれた書物を管見したら、『徒然草』の序段は案外平凡なものだったのがわかる。だから、兼好が自己に直面して創作し始まったときの姿勢はその述語「物狂おしけれ」から読み取らなければならない。 本稿では兼好の書記意識と狂言綺語の思想を結び付けて、当時のジャンルという問題といっしょに察してみた。『和漢朗詠集』『古来風軆抄』『近代秀歌』『十訓抄』『古今著聞集』『沙石集』などを見たが、その結果、「狂」というのは、それが「物狂おし」であれ、「狂簡」であれ、または「そらごと」であれ、狂言綺語観によって謙退の意味を呈するのは習慣的で当たり前のことだったのがわかった。しかし果して兼好が狂言綺語の思想に裏打ちされて、文学を自ら卑下した発言したのかというと、そうではなかった。兼好はその狂言綺語の思想を借りて、自分の書物の位相を高めようとしたと推測することができる。 つまり、内典>外典>史書>詩>和歌>物語という文学の階層化・位階化が、『徒然草』の中では中国の古典>日本の古典へと似たような感じで再生産される。もっと深く立ち入ってみると、狂言綺語の思想との違い、則ち仏教的なるもの(公)と儒教的なるもの(私)とが『徒然草』では転倒されて、儒が一般論になり仏が具体的な実例になっている場合もあることが指摘できる。一方、説話と物語的な内容を伝えるときは、事実のように見せるために、虚構を加えたりしたのは、物語を史書の段階に引き上げようとした努力であったはすだ。 様々な素材を扱ったことでも有名な『徒然草』であるが、現代的なジャンル意識をもって作品に接する前に、兼好が書記行為に臨んだ姿勢と構想を先に捉えなければならない。そこで狂言綺語観、その中でも文学の階層化・位階化という側面からの接近が有効であると思われる。作品全体にわたる文学の位階を越えようとした書記行為を構想したのが、兼好にして『徒然草』序段で「物狂おしけれ」を発話させた一つの大きな原因ではなかったのだろうかと推し測る。
