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초록
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官僚を含めた権力により作られた日本近代の青年団体像は大正四年訓令により青年を被教育者とする修養と教育団体であった。近代に入って近世的な若者組は風紀紊乱などの弊害と、その機能が公的機関によって奪われ存在感を喪失した。露日戦争を前後にして青年団体は戦争に積極的に協力し、その後地方改良運動を通じて政府の後援と支援の下に地方社会の活動と事業の主体に成長した。1910年を前後した時期に地方自治と政党政治の発展による国民の政治参加が広がっている状況で、各種事業を通じて勢力化された青年団体は政治参加、選挙運動に能動的、または受動的に参加した。内務省を中心にする官僚は青年団体と青年個人に対する政党を含む政治勢力の影響力を排除するために既存若者組の教化策の延長線上で青年団体に対する風紀取り締まりと教化次元の政治活動対策を模索した。しかし問題は構造的なのであった。政府の支援によって育成された青年団体は勢力化され政治的な活動で進むようになったのである。これに対する解決策で政党側では青年団体と青年を分離して青年の自由な政治参加を要求した。内務省を中心にする官僚たちは青年団体の性格を事業から教育と修養に転換させながら青年に対する掌握力を維持しようと考えた。これの結果として近代日本の青年団体像を形成する大正四年訓令が作られた。
목차
要旨
서론
제1장 내무성의 청년단체 정치참여에 대한 반응
제2장 미야기현 청년단체의 정치참여
제3장 청년단체 정치참여에 대한 정책적 대응
결론
참고문헌
서론
제1장 내무성의 청년단체 정치참여에 대한 반응
제2장 미야기현 청년단체의 정치참여
제3장 청년단체 정치참여에 대한 정책적 대응
결론
참고문헌
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