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초록
일본어
李光洙の「愛か」という小説は、彼の処女作として位置づけられているが、韓国で刊行された『李光洙全集』には収録されていない作品である。また、<外地>ではなく、<内地>である日本で創作された「日本語」文学であり、韓国人作家による日本語作品としては、もっとも早い時期のものである。つまり「愛か」は、李光洙が日本に留学している間に「日本語」で創作された小説であり、今までの研究に欠落している視点は、「愛か」が日本の読者を意識して書かれ、日本のメディアに発信されたという側面ではないだろうか。日本のコンテクストにおいて「愛か」を捉え直す作業が要請される所以である。 本稿では、作品に描かれている<愛>の様相を具体的に考察し、主人公「文吉」の操に対する感情が同性間に生まれた<少年愛>であると分析したうえで、李光洙の「愛か」を<少年愛>の観点から、近代日本におけるセクシュアリティの問題と関連させて同時代のコンテクストから考察した。また、「日本語」文学である「愛か」を、李光洙の文学のなかで如何に位置づけられるかについて検討しようとした。 その結果、作品のモチーフとしての<少年愛>が近代的<愛>の様式であり、「性欲の様式」としての「男色」とも、性的指向の自覚を抜きにしている面で「同性愛」とも質的に異なっていることを明らかにした。次に「愛か」のような美少年に対する憧憬や同性(少年)同士の恋は、明治期の少年たちにとって、異常な体験でも人目をはばかることではなかったこと、明治末期から大正初年にかけて<少年愛>を扱ったテクスト群が登場していたことを確認した。つまり、明治末期から大正期にかけて、いわゆる<少年愛>テクスト群が多く出現しており、明治期における男同士の恋の流行、とくに少年たちの間の男色流行を裏付ける証言も数多く残されていたのである。そのうえ、「愛か」が書かれた明治42年(1909)を前後し、「男色」をめぐって否定的な捉え方が登場しつつあった事を指摘し、「男色」から「同性愛」へという変遷には、欧米の性科学による認識論的な転換が介在していると捉え、このような性の新たな認識の枠組みのなかで、「愛か」を位置づける必要性を提示した。 最後に<少年愛>モチーフを作家李光洙の創作態度と関連して分析し、彼が日本の文壇を意識して創作した可能性を問い、「愛か」が時代的文脈から新たに解釈される可能性を提起した。
목차
1. 머리말
2. 본론
2-1 작품에 나타난 사랑의 양상
2-2 작품 모티브로서의 사랑-선행론의 문제점을 중심으로-
2-3 근대적사랑의 양식으로서의 <소년애>
2-4 <소년애> 모티브의 또 다른 해석 가능성
3. 맺음말
참고문헌
