원문정보
초록
일본어
平安後期には、言語学的に古代の言語が崩壊しながら、内部の発展性を保ったまま再編される大きな変動があった。この時期の日本語は次第に理解しにくくなり、多様な当時の古典も注釈が要るようになって、<読み>の壁にぶつかるようになった。12世紀の言語の状況を体現したと言われる人物は源俊頼である。俊頼は源経信の子であると同時に、当時の文学動向に新しい風を吹き込んだ人物でもある。これとともに大江匡房もやはり平安後期、いわゆる院政期文学の代表と言えるだろう。本稿では俊頼と匡房の文芸史的な動きを通して、院政期文学の特質がいかに『徒然草』に受け入れられているかを察してみた。 院政期に書記行為、つまり「書き」が「言い」より上に立つようになる過程、そして変革期の様々な異質的特徴が、より客観視され『徒然草』の内容に展開していくのがわかった。狂気を帯びた人間群像のエネルギーは『徒然草』にもそのまま受け継がれて記されていた。なお、「そらごと」と「ひがごと」をめぐっておびただしく生れた院政期の言説もまた、兼好に影響した課題であった。書記行為そのものに夢中だった大江匡房や源俊頼のような文学者の関心事と作品内容は鎌倉時代まで続き、以後の文学でも素材や話題として使われた。その受容様態の一端を『徒然草』というエクリチュールにも見ることができた。 「書く」という外的な側面ばかりでなく、内容的な面でも、院政期文学を特徴づけられる狂気を帯びた人々の動きや、「そらごと」「ひがごと」にたいする興味は『徒然草』にも継がれている。その具体例の一つは「田楽」という芸能をめぐって顕れた社会像や人々のエネルギーで、もう一つは「そらごと」として浮かぶ嘘や間違った事柄に対するしつこい興味であった。『徒然草』を随筆の枠組みにはめ込んで、その中の内容をすべて「まこと」と受け入れたり、訓戒の面ばかりを引き出すのが既存の作品鑑賞であったならば、本稿ではより立体的で深みと重みのある解釈を試みてみた。源俊頼と大江匡房をはじめとする院政期文学の蓄積は『徒然草』という独特の中世作品の滋養になっているのがわかった。 ただ、院政期文学はまだその意義と重要性が確固たるものとして認められているとは見えないので、その特質は今までよりは積極的になされるべきだ。したがって注釈作業についての兼好の態度とか、『徒然草』でよく見られる様々な分野の専門性に対する考察が必要であろうが、これは次の課題にしたいと思う。
목차
1. 들어가며
2. 본론
2.1 원정기 문학의 특징
2.2 광기 띤 인간들의 움직임
2.3 '거짓'과 '잘못'의 기록
3. 맺으며
참고문헌
