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芥川龍之介の「馬の脚」は、一九二五(大正一四)年、雑誌『新潮』一月号と二月号に「馬の脚」「続 篇馬の脚」として発表された小説である。本稿では、「復活」「春風」「蒙古の空気」の意味を中心に、「馬 の脚」には「白」の罪意識、「歯車」の「飛行機病」とも似通ったものがあるとの立場で、考えてみた。 芥川は一九二一年三月末から七月半ばまでの四ヶ月間、大阪毎日新聞社の特派員として中国を旅行した。 彼は社会主義が盛んに起こっている激動する中国を見回り、日本帝国主義の蛮行を目撃し、激しい抗日運動を 体験した。「蒙古の春風の北京へ運んで来る砂埃り」、すなわち「蒙古の空気」とは芥川の中国旅行と深い関 連があり、忍野半三郎がモンゴル産の馬の脚を付けて「復活」したように、芥川も中国産の馬の脚をつけて帰国 したと言える。 それでは「春風」とは何であろうか。半三郎の馬の脚は「蒙古産の庫倫馬」のものなので、「春風」による 「蒙古の空気」を感ずるが早いかたちまち躍ったり跳ねたりし出した。「春風」とは馬の脚を躍らせ跳ねさせる 「蒙古の空気」を含めた風である。これは後年の「西方の人」「続西方の人」の言葉で言うと、「永遠に越え んとするもの」(聖霊)として発展していく考えではないかと思われる。さらに「順天時報」の主筆牟多口の言う 「発狂」とは何を意味しているのか。当時の「国体」に順応している側には、国体への批判は「発狂」扱いと して扱われていると考えられる。 「白」が一九二三年八月に発表されたのは、一九二一年七月に中国旅行から帰国して「母」「将軍」「桃 太郎」を書いた後である。黒を見殺しにしたという罪意識はこういう流れから考えてみると、日本帝国主義により殺 される中国や韓国(朝鮮)民衆を見殺しにした芥川の罪意識とも読める。「蒙古の空気」と馬の脚の反応は、 二年四ヶ月後の一九二七年六月一日に書かれた「歯車」の中では「飛行機病」として描かれるようになる。 「飛行機病」とは「歯車」の中で、妻の弟が「僕」に言った言葉である。「馬の脚」にもどって考えると、特 派員として四ヶ月間中国旅行をし、中国での空気を吸って帰国した芥川は、日本の空気には耐えられなくなっ た。それを「春風」により「蒙古の空気」を吸って失踪した半三郎に自己投影しているのである。
목차
1. はじめに
2. 冥界からの「復活」
3. 「蒙古の空気」を含めた「春風」
4. 「国体」批判と「発狂」
5. 馬の脚と「蒙古の空気」病
6. おわりに
参考文献
