원문정보
초록
일본어
三島由紀夫は一九六四年年九月、東京オリンピックの取材員となり、十月まで取材活動をし、競技を見て感じ た感想などを書いた記事を、『毎日新聞』『報知新聞』『朝日新聞』などの各新聞社に寄稿した。また、三 島は、上の新聞記事以外にも、「秋冬随筆」などのエッセイや座談会で、東京オリンピックについて言及してい る。三島のオリンピックについて書いた文章を見ると、これまで看過されてきた重要な事項に出会うことができる。 それは、西洋文化と日本伝統との衝突であり、その衝突の結果として現れたより強力なナショナリズムである。 アジアで初めて開催された東京オリンピックは、西洋の基準に合わせることが要求されるイベントであった。オリ ンピックの成否は、西洋の基準で判断される。したがって、オリンピックを成功させるためには、国力や経済力に おいても日本の位相を証明し、伝統の美やすばらしい文化をも見せなければならない。また、公衆道徳やマナー においても西洋のレベルにまで達したことを示さなければならない。一九六四年の東京オリンピックを眺める眼差し は、多岐に渉っているのであるが、そのほとんどは、西洋との比較を通して、日本自身の位置を確認しようとする 方向へ向かったといえる。つまり、西洋を通しての自己認識である。 東京オリンピックはコンプレックスとプライドが錯綜する複雑なナショナリズムを噴出させた。そして、三島は敗戦 以後、落ちつぶれそうになった日本の価値を再発見し、再構築できるという希望を発見した。オリンピックと皇室 ブランドとの結合と、オリンピックを通してのナショナリズムの昂揚は、三島のようなロマン主義的気質の作家に、 「天皇の復帰」を夢見させたのである。すなわち、東京オリンピックは、敗戦により断絶した戦前の価値観に、 一部ではあるが、戦後との連続性をもたらす契機を提供したといえる。
목차
1. 서론
2. 서양의 기준을 요구하는 올림픽
3. 도쿄올림픽을 바라보는 다양한 시선
4. 보편으로서의 일본문화-종교성
5. 변증법적 내셔널리즘(도쿄올림픽과 천황)
6. 맺음말
참고문헌