초록
일본어
中世の歌人定家の歌学思想のパックボーンとして働くものは有心という美意識である。歌の形式の中に恋歌と述懐歌が有心を表すにもっとも適当なものだと提示した人も定家である。従って、この研究では、定家の秀歌撰の中でも恋歌に限り、有心の意味を把握してみた。 まず、艶と深い関わりがあるといえる。「艶にをかしく」と評された恋歌がいくつか見つかる。例えば なとり川瀬ゞのむもれ木あらはればいかにせむとかあひみそめけむ(古今集 恋三 650 読人不知) の歌は「艶にをかしく」と評された。「あらはれば」という仮定条件に染み込んでいるもどかしさ、つれない気持が次の句「いかにせむと」結ばれて、我慢できなくなる、途方にくれている様子を醸し出す面影に「艶」を感じたのであろう。次は説話が元になった歌、伝承された話を利用して「待恋」を描いた歌などに「有心」が働いたとも言える。 さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらん宇治のはしひめ(古今集 恋四 689 読人不知)という歌によって、さびしく待ち続けている「橋姫」のイメージが定着され、『新古今和歌集』にも「橋姫」という歌語を使用した歌が四首あるが、すべて「待恋」を表現している。即ち、「橋姫」のイメージ自体が「艶」の表象となっているのがわかる。 定家は『京極中納言相語』に 恋の歌を詠むには凡骨の身を捨て、業平のふるまひけん事を思出て、我身を皆業平になして詠む。地形を読むにはかかる柴垣のもとなどを離れて、玉の砌、山川の景気などを観じて、よき歌は出来物なり。 と記しているように、ある物事に集中して客体と一体化することによって、真の恋歌が出来上がると思っていた。『毎月抄』の「一境に入りふす」という句と通じる。主情を強調した文句のように見えるが、古典(『源氏物語』『白氏文集』など)を媒介にした芸術的な虚構の世界に自分自身を移転しろという文章が続いていることから、観照的な姿勢を提示したと思われる。従って、定家の有心は感情没入が行われ、共感が明らかに現れた歌、具体的には恋人を待つもどかしい心を「艶」という美意識として表現し、これを有心の働きとして考えたのではないかと思われる。
목차
1. 서론
2. 데이카(定家) 以前의 ‘고코로(心)’
3. 데이카의 ‘우신(有心)’
4. 秀歌撰의 戀歌에서 본 ‘우신(有心)’
5. 결론
참고문헌
