초록
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『源氏物語』 2部で40歳を迎える光源氏はまだ少女である皇女、女三宮と結婚することで六条院世界に新しい変化をもたらす。‘若き老人’源氏の矛盾は紫の上との関係は勿論、六条院世界の崩壊へとつながっていくが、特に女三宮と柏木の密通は光源氏にかつての自分の罪に対する因果応報とともに‘老い’への自嘲へと追い込んでいく。その光源氏の老いに注目した。老齢化社会と言われる今現在‘老い’は人間のより根本的な問題として追求していくべきであり、『源氏物語』での源氏んの老いはまさによい研究対象になれる。というのは“「過ぐる齢にそへては、酔泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門督心とどめてほほ笑まるる、いと心恥づかしや、さりとも、いましばしならむ。さかさまに行かぬ年月よ。老は、えのがれぬわざなり」とてうち見やりたまふに”という老衰をめぐる源氏の発話は若い妻を寝取られた老人の個人的なうっぷんを越えて、相手の柏木に対して人間にとっての‘老い’の普遍的な意味を説いているからである。逆にその点に女三宮関連の意味だけでない柏木の2部物語での登場の意味があるはずだ。したがって、源氏の老いと関わる所での柏木登場の意味を分析することで、最終的に光源氏の老いの意味を掘り下げていった。そのとき、まず六条院関連の儀礼である三つの儀礼、四十賀、蹴鞠、女楽の場での柏木登場の文脈を分析した。その結果、和琴を中心とした音楽的才能を元に柏木が次世代の主役として認められ、また源氏の言葉を通して父世代、源氏と頭中将から子世代、夕霧と柏木への世代交代が確認され、また柏木は次世代の主役として光源氏の老いへの認識と絡みながら語られている。そのことから源氏の老いの問題の本質がだだ年齢に基準にする生物学的な退化よりは世代交代による退く世代としてのイメージを表象していることがわかった。それを社会的意味として考察することで、父から子への父系継承の論理に拘る源氏の論理が琴伝授によって自ずと相対化され、無化されることや、‘昔’と対立する‘今’の可変性を指摘した。それによって、既存の研究では明らかにできなかった光源氏の老いの深層での意味が究明されたことは注目に値するであろう。
목차
1. 들어가며
2. 가시와기의 등장
3. 부계계승과 단절
4. ‘今の世の末’
5. ‘昔’과 ‘今’-맺음말을 대신하며
참고문헌
