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초록
일본어
本稿は村山知義が1938年から1973年までの長い期間、演劇、映画、オペラの形式で関わり続けた『春香伝』の中で彼が1939年に映画化を試みた『春香伝』の研究である。1938年に『春香伝』の演劇化に成功、引き続き映画化に進む経緯を辿ることを通じて村山にとって『春香伝』の映画化はいかかる意味を持つものであったのかを言語の問題と「京」の夢龍から明らかにした。村山の『春香伝』の映画化からは当時の『春香伝』をめぐる世界の動きは勿論、日本・朝鮮の映画界の現状までが読み取れる。また村山により再創作されたシナリオ『春香伝』は韓国の『春香伝』の伝統の中に新しい可能性を示した点は評価に値する。本稿では当時の表現である「朝鮮」、「朝鮮語」などはそのまま使うことにした。
목차
要 旨
はじめに
朝鮮から世界へ
「春香伝(しゅんこうでん)」から「春香伝(ちゅんひゃんじょん)」
「京(ソウル)」の夢龍
おわりに
参考文献
はじめに
朝鮮から世界へ
「春香伝(しゅんこうでん)」から「春香伝(ちゅんひゃんじょん)」
「京(ソウル)」の夢龍
おわりに
参考文献
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