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초록
일본어
原敬は日本の政党政治を主導した代表的な政治家である。彼は1911年5月に清国と朝鮮に旅行した。その時の記録は 『原敬日記』に詳しく記されたが、当時原が政府の官職に属していないこと、具体的な外交交渉が行われないことのためあまり研究されていない。原は個人的な旅行であったと公では主張するが、実は桂太郎首相の依頼をうけた政治活動であり、外交工作であった。一方、清国政府も日本の政治家原敬の訪問に公式、非公式に礼遇を尽くした。原は漢冶萍公司をめぐる四国借款団問題に関して横浜正金銀行を中心に清国の高官たちと交渉した。帰国後原は中国問題に対して、横浜正金銀行を高く評価し、満鉄を批判した。朝鮮で原は、寺内正毅総督をはじめ植民地統治の要人と面談する一方、朝鮮の教育、医療、農業などを視察した。原は具体的に朝鮮統治に関する批評を述べ、帰国後には寺内総督に関して友好的な立場に転換した。原の清国と朝鮮訪問は、非公式的旅行としての性格が強調されたが、実は日本政府の辛亥革命直前の中国政策を支援し、植民地になった直後の朝鮮統治を視察する意味があった。原の清国と朝鮮訪問は次の西園寺内閣の対外政策にも影響を与えた。
목차
要旨
1. 머리말
2. 청한 만유(淸韓漫遊)의 배경과 목적
3. 신해혁명 전야의 청국을 둘러보다
4. 식민지 조선을 돌아보다
5. 만유(漫遊), 그 이후
6. 맺음말
참고문헌
1. 머리말
2. 청한 만유(淸韓漫遊)의 배경과 목적
3. 신해혁명 전야의 청국을 둘러보다
4. 식민지 조선을 돌아보다
5. 만유(漫遊), 그 이후
6. 맺음말
참고문헌
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