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초록
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支考は芭蕉晩年の弟子であるが、芭蕉没後、美濃を本拠としていわゆる美濃派の一風を起し、後來の俳壇に、様々な意味で少なからぬ影響を与えた人である。支考の語るところによれば、元祿三年二十六歳の時の三月三日、丈草․乙由の手引で、大津の無名庵で初めて芭蕉に対面し、やがて芭蕉の教えを受けることになった。そして翌年の十月芭蕉に随侍して、近江から江戸に下り、五年の正月一旦名古屋に帰り、次いで奥羽の旅に出、五月出羽で『葛の松原』の稿を成して暮に江戸へ帰ったが、以來四十年にわたって著述に旅に後進の指導に縦横の活躍を続け、芭蕉門下の俳人としての地位を次第に高め、其角․嵐雪․去來․丈草․許六らと並んで元祿俳壇に名を逸し難い存在となるに至った。元祿七年十月、芭蕉が没する前後からの支考の活躍は、すこぶる多岐多様にわたった。ほとんどの日を旅に費やし、旅を続けて行く先々に蕉風を広め、旅の記念の一集を残すといった具合に、自己の勢力を扶植して行った。支考は芭蕉没後の俳壇に隠然たる勢力を築き、全国特に西日本をおおむねその傘下に収めるまでに至った。芭蕉没後の俳壇に美濃派の一風を樹立して、殆ど全国にわたって各地方の民衆の間に蕉風を普及した功績は大きいといえる。
목차
要旨
1. 序論
2. 支考의 俳諧 世界
3. 俳諧룰 통한 芭蕉와 支考와의 교류
4. 서간문을 통한 芭蕉와 支考와의 교류
5. 結論
參考文獻
1. 序論
2. 支考의 俳諧 世界
3. 俳諧룰 통한 芭蕉와 支考와의 교류
4. 서간문을 통한 芭蕉와 支考와의 교류
5. 結論
參考文獻
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