원문정보
초록
일본어
本論文は、「戦後日本」という言説空間を<日本国憲法>に対する解釈の戦いという観点からとらえようとする試みとして、戦後日本を代表する作家である三島由起夫(1925~70)における<日本国憲法>を明らかにすることを目的とする。そのために本稿では、三島の「文章読本」、「金閣寺」、「鏡子の家」、「文化防衛論」を取りあげた上で、三島の目において<日本国憲法>が戦後の日本においてどのような影響を与えるものとして写ったかを、通指摘に理解しようとする。「文章読本」において三島は、一種の翻訳文である<日本国憲法>は、英語を直訳した「口語体」であり、そこに「占領の悲哀」があると批判的にとらえる。占領における日本人の受動的な地位を喚起することによって三島は、<日本国憲法>が外部によって行われる「ことばの改革」であり、それによって日本人のことばに対する感覚が変化したことを主張する。「金閣寺」においては、<日本国憲法>が直接的に言及されてはいないものの、その理念である「平和」が日本人の「美」の感覚に変化をもたらすのかが問われている。「平和」を理念化することにしたがって、「美」がもっている「暴力」的な可能性は周辺化される一方で、「平和」という理念に従うものが「美」であるという認識が強くなることを、三島は金閣寺放火事件を通して語ろうとしたのである。「鏡子の家」において三島は「戦後」を「暴力」を排除する<日本国憲法>が支配する空間としてとらえた上で、その空間を生きることが日本の青年たちにどのような影響を及ぼすのかを問題化する。「銃」で象徴されるほんものの暴力を失った日本の青年は、次第に「電子ゲーム」のような仮想暴力に耽けることとなり、それがやがって法を作り、維持する「国家」の「暴力」を見えにくくする要因として働くと三島はとらえる。1960年代の三島は、「文化防衛論」という問題的な論文において<日本国憲法>が自己の「生存と安全」のために日本文化において「暴力」を排除することを強く批判し、自ら改憲を唱える行動に出す。こうした三島の行動は、この時代日本が、人間の「生存と安全」をもっとも大事にする、いわば生政治次元へ辿り着いたことに対する抵抗としてとらえられる。それを可能にしたのがまさしく<日本国憲法>にほかならない。
목차
Ⅱ. 헌법의 문체 - 번역으로서 <일본국헌법>
Ⅲ. <일본국헌법>과 ‘평화’ - 『금각사』, ‘평화’에 보내는 의심스러운 시선
Ⅳ. <일본국헌법>과 폭력의 배제 - 『교쿄의 집』
Ⅴ. 결론을 대신하며 : <일본국헌법> 지키기 속에 보이는 <생-정치>
<참고문헌>
要旨