초록
일본어
本居宣長にとって『古事記』は、多くの制度を含む世のなかのすべてのものごとに対する根源を説明してくれる「古言」の集合体であった。本稿で取り上げている宣長の「東方十二道」を取りまく『古事記伝』の言説もまた、このような脈絡で把握しなければならないだろう。宣長は『古事記』と『日本書紀』の記事を適当に組み合わせることによって、自分自身が信じて疑わなかった「古代史」を新しく作りあげた。これを無批判的に信じこんだ後代の多くの研究者たちによって、これは一つの歴史的正実として受け入れられた。言い換えれば、宣長は『古事記』の「東方十二道」を国家の制度史のなかに位置させることで、「東海道」という現実の行政区域が「東方十二道」というはるか昔に制定された制度から綿密に受け継がれてきたという、古代の律令制から近世時代まで、長い間変ることのなかった制度史的問題として「東方十二道」とらえようとしたのである。その具体的な方法というのは、『古事記』の記事を『日本書紀』が作り出した歴史と接続させることだった。しかし『古事記』は、「東山道」もしくは「東海道」の前身としての「東方十二道」ではなく、「東方十二道」そのものとして完結する話の構成になっている。『古事記』「東方十二道」征討説話は、その地域がどこかということをあまり問題にしていないのだ。この説話の本質は、「現人神」として、伊勢神宮の神力に負ったヤマトタケルによる「東方」の、「服属しない者(摩都楼波奴人等)」や「乱暴な神(荒夫流神)」たちの「言向和平」という神威譚というところにある。八世紀初の律令国家が新たにつくり出した制度の伝統性を、景行天皇の代のヤマトタケルの活躍によって保障し、これを確信する王権の問題として「東方十二道」征討の本質を把握しなければならない。
목차
Ⅱ. 『古事記』의 ‘東方十二道’
Ⅲ. 모토오리노리나가(本居宣長)의 ‘東方十二道’
Ⅳ.『古事記』 ‘東方十二道’征討說話의 실체(實體)와 의미
Ⅴ. 맺음말
<参考文献>
要旨