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『徒然草』157단과 정토 사상의 신앙론

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『徒然草』157段と浄土思想の信仰論

『도연초』157단과 정토 사상의 신앙론

松本真輔

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초록

일본어

本稿は、『徒然草』157段の記述と、その背後にある浄土宗の思想について論ずるものである。『徒然草』の仏教修行論は、心の状態より、修行(念仏)という行為を重視する。行為が正しければ、それに従って内面が形成されるという考え方だ。一方、阿弥陀仏の慈悲によって浄土に生まれることを願う浄土思想――これは『徒然草』の筆者兼好と深い関係がある――は、阿弥陀仏への信仰心が前提となり、浄土への往生を約束する。浄土思想において、阿弥陀仏と衆生を媒介するのが念仏という行為ではあるが、信仰心を持たない念仏は否定される。心の内実が伴わない念仏は、往生を保証しない、というのである。むろん、最終的には心と行為が一致すると説明されるのだが、前提になるのは心の優位性だ。しかし、『徒然草』は、これを逆転させ、行為の優位を主張する。157段の修行論は、行為が人間の心を生み出すことを易しい比喩で説明した文章だ。39段において疑心往生説を引用しているのも、この思考方式が、『徒然草』の立場に近かったからと考えられる。

목차

Ⅰ. 머리말
 Ⅱ. 『쓰레즈레구사』157단의 「外相」과「内証」
 Ⅲ. 경전에 나타난「외상」과「내증」의 관계
 Ⅳ. 정토종의「외상」과「내증」
 Ⅴ. 사(事)와 이(理)의 관계
 Ⅵ. 의심 왕생설의 의미
 Ⅶ. 맺음말
 <参考文献>
 要旨

저자정보

  • 松本真輔 경희대학교 외국어대학 일본어과 교수, 고전문학

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

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