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亡靈論とは何か- 平田篤胤における死者の視点の成立をめぐって -

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山泰幸

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亡霊論とは、祭祀共同体論的言語に揺さぶりをかけ、解体を促そうとする言説的実践を意味している。そして、祭祀共同体論的言語とは、「死者」と「祭祀」と「共同体」とを不可分なものとして語る理論的言語を指している。その端的な例が、「死者」と「祭祀」と「国家」を結びつけて語る政治的発言である。祭祀共同体論的言語は、現在でも日本ナショナリズムを強力に支える理論的言語となっている。亡霊論とは、「祭祀」を介して「共同体」と結びついていない「死者」の視点、すなわち「亡霊」の視点に立つことによって、祭祀共同体論的言語が前提としている「死者」と「祭祀」と「共同体」との結びつきが決して必然的なものではなく、それが恣意的なものであることを露わにし、その結びつきを解きほぐそうという私なり試みである。以上の亡霊論の問題構成の可能性を教えたのは、逆説的であるが、第二次世界大戦中、狂信的な日本ナショナリズムの代名詞であった江戸時代の国学者、平田篤胤であった。本稿は、篤胤の私なりの読み直しを通じて、亡霊論の問題構成の過程を提示するものである。まず、思想史家の子安宣邦氏の本居宣長への視点を紹介する。その理由は、宣長が平田篤胤の先生だからである。篤胤は、宣長の強い影響を受けながら、しかし、宣長を超えるようにして、自らの思想を形成していくことになる。それに加えて、私が篤胤の思想を亡霊論的に問題構成するうえで、理論的な示唆を与えたのが、子安氏の江戸思想史に関する諸研究、特に、その宣長論であったからである。宣長は、18世紀後半の江戸後期社会において、日本のナショナル・アイデンティティーを学術的な体裁をとって初めて語り出した国学者である。「敷島のやまとのくに」、「敷島のやまとことば」、「敷島のやまとごころ」といった宣長が語り出した言説の内側にある近代の学問(国語学、国文学、国史学…)によって、宣長はその先駆者として、現在に至るまで、賞賛の言葉とともに、繰り返し再生してきた。子安氏によれば、この「宣長の再生」をもたらしているのは、宣長による『古事記』の発見であり、その注釈作業『古事記伝』であった。この注釈作業には、あるイデオロギー的な前提が持ち込まれているという。それはこの漢字だけの文章の向こう側に、「純粋な日本語」が存在するという前提である。そして、神々の時代から、この純粋な日本語を話す日本人という集団がそもそも最初から存在するという前提である。こうした前提をもってはじめて、純粋な日本語を探るという宣長の作業は可能となる。宣長は、学問的体裁をとりながら、純粋な日本語、そしてそれを話す日本人という概念を、強力に語り出していくことになる。以上の子安氏の指摘を踏まえて、本稿が注目するのは、日本古代文化においては、言語をはじめとして、制度、儀礼、習俗にいたる文化全般が、朝鮮経由の中国文化に由来すると説く考証学者の藤貞幹『衝口発』に対する、宣長の『鉗狂人』における反論である。『鉗狂人』という「狂人に首枷をはめる」という意味である。そこで宣長は、自文化の中に他者の痕跡を見出そうとする藤貞幹に対して、異文化の中に自己の痕跡を見出すことで反論する。宣長の国学的言説の特徴は、基本的には、自己と他者の文化的差異を前提として、両者の間に同一性を認めないことで成立する「自己防衛的言説」である。しかし、ここでは自己と他者の文化的差異を前提としている点は同様だが、両者の間に同一性を認めることで成立する「自己拡張的言説」を認めることができる。これは、起源における他者との間の文化的同一性を根拠としながら、他者に対する自己の文化的優位を主張する言説と言える。ここには宣長が語り出した日本ナショナリズムの起源神話がはっきりと姿を現わしている。この宣長における自己拡張的言説の側面を積極的に引き出して展開したのが、弟子の平田篤胤であった。実際、明治近代以降、植民地を拡大し、さらに太平洋戦争に没入していった日本は、篤胤を高く評価していくことになる。しかし、逆説的なことに、この同じ篤胤の発言のなかに、日本ナショナリズムを超えていく視点、亡霊論的視点の可能性もまた包含されている。次に、篤胤の視点形成の契機となった「死」と「死後」の問題に関する宣長の議論に注目する。宣長は「人情」という観点から二つの主張をしている。一つは、死後を知りたいと思うのは人情として当然であること。もう一つは、死ねば人は皆、穢れた黄泉に行くのであり、死ぬことほど悲しいことはないということである。ところが、宣長は、前者の人情を不可知として棚上げし、後者の人情のみを取り上げて議論を展開する。しかし、死後を知りたいという人情を認めないことは、人情を重視する立場からは受け入れ難いことになる。この宣長の矛盾を鋭く突きながら、死後の霊魂の救済について語ろうとするのが、篤胤である。 篤胤は『霊の真柱』において、死後に人の霊魂が「黄泉」に行くとする宣長の説を批判して、後に「幽世」として結像することになる別の死後世界を主張する。篤胤は、宣長の人情を重視する発言を利用することで、宣長の不可知論を突破しようと試みるが、注目すべきは、この人情が死んだ後の状態に関する不安に関するものだという点である。言い換えれば、死者の立場に身を置くことで生じている不安なのである。さらに興味深い点は、人は死後も生前の人情が存続するとこと、したがって、死者がその親族の祭祀だけしか享けないという理由はないと主張したことである。篤胤は、死者の視点に立つことによって、祖先祭祀を語る祭祀共同体論的言語を批判する視点を提出しているのである。この死者の視点は、祭祀共同体論的言語から切断された死者、すなわち「亡霊」に相当するものと言える。篤胤は、「亡霊」の視点を、祭祀的共同体論的言語を批判的に乗り超えるための脱構築的視点として構成するのである。 もちろん、篤胤が語り出した亡霊の視点は、祭祀共同体論的言語が支配的である以上、極めて周辺的なものでしかない。しかし、私は、この篤胤の視点は、現代社会において、とても重要であると考える。それは、死者と生者との間の個人的で親密な関係に基づいた、死者に対する生者の「弔い」のあり方の重要性を指摘しているからである。それは、死者と生者との間の個別的な関係性の回復が切実な課題となっている現代社会にとって、極めて重要な視点である。さらに、死者と祭祀と、そして国家という「大きな共同体」との結びつきが自明なものとされて語られることで、日本ナショナリズムの現代的問題が引き起こされている現状において、篤胤が提示する亡霊の視点は、改めて読み直す意義があると考えられる。

목차

1. はじめに
 2. 日本ナショナリズムの起源神話
 3 . 「死」と「死後」の問題
 4. 平田篤胤の宣長批判
 5. 亡霊論の可能性
 <参考文獻>
 要旨

저자정보

  • 山泰幸 関西学院大学社会学部機教授

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

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