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『呪はれた戯曲』論

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『주はれた희곡』론

김상원

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초록

일본어

本稿では、1919年5月「中央公論」に発表された谷崎潤一郎の呪はれた戯曲について考察してみた。呪はれた戯曲は所謂「妻殺し」的モチーフの作品で、柳湯の事件、ある少年の怯れ、途上などがその代表的例であるが、本稿では「妻殺し」の問題は論外にした。本稿で注目したのは呪はれた戯曲の構造である。呪はれた戯曲では「善と悪」という戯曲が挿入されているが、本稿では主に呪はれた戯曲の中での、その「善と悪」の機能について考察してみた。その結果として、まず第一に呪はれた戯曲のプロットと構造では、戯曲「善と悪」が妻を殺すための殺害書として機能しているのが分かった。第二に戯曲「善と悪」については、戯曲が小説の中で主人公の井上によって、読まれる戯曲と働き、読者の恐怖感を極大化しているのが分かった。そしてそのような構造は、佐々木の玉子を殺害した罪責感を読者への極限の恐怖に変質させて、結局、語り手の「私」は佐々木を最高の芸術家と規定していた。ちなみに呪はれた戯曲は、現実と芸術との間で悩んだ谷崎の芸術への意志が余すところなくこもっている作品なのである。

목차

서론
 본론
  1. 『呪はれた戯曲』의 플롯과 구조
  2. 殺害書「善と悪」
  3. 위장된「私」
 결론
 [參考文獻]
 <要旨>

저자정보

  • 김상원 동국대학교 강사, 일본근대문학

참고문헌

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