원문정보
초록
일본어
もう、「在日」を「民族」や「国家」によってのみ規定することはできない。分断された祖国と無国籍の朝鮮、また日本ということも同時に考えてアイデンティティを究明するべきであり、韓国人でも日本人でもないアイデンティティを究明しなければならない。「在日」は、韓国的なものと日本的なものが混ざりあっている状態であり、その両者間の衝突の過程でもあり、その混ざりあっている状態や衝突の過程そのものが「在日」のアイデンティティであるかもしれない。多様な国籍、本名を名乗る者、通名を使用する者、自らの出自に関する特別な位置を認識する女性たちが、新しい表現の空間に集まってきた。在日女性文芸協会によって2006年創刊され、2010年五号まで発行された『地に舟をこげである。脱植民地主義の観点から、忘却を脱し、記憶を辿り、記録することを望む在日女性作家たちにとって「民族」と「国家」、あるいは「母語」と「母国語」にどんな意味があるのだろうか。本稿は『地に舟をこげを中心として、在日女性文学者たちが「母語」と「母国語」の狭間で、「母語」と「母国語」をどのように異種交配させているのか、日本語に浸透させた「母国語」はどんな響きを持って対抗言語を創り、新しい談論を創り出しているかについて探る。在日作家たちが日本語で創作する動機には、日本語以外には話すことが出来ないことと、日本人や他の在日外国人に自分を通じあわせたいことが大きな比率を占めている。その時、代案文化として新しい日本語と混じりあった日本語、いわゆる「チャンポン日本語」としての韓国語のカタカナ表記とハングル表記とは、在日の生き方の文化を知らしめ、歴史の証言を「在日」として共有したいという欲求であろう。代案文化として新しい日本語と混じった日本語は、新しいバナキュラーの創出である。正しい日本語の表現ではないが、それは在日一世たちを表現する一番適当な表現の手段であり、彼女たちの対抗言語であると同時に対抗談論であると言える。このような対抗談論として、自ら「母語」と「母国語」の呪縛から脱して、彼女たちの創作空間を通して続いて再生産されれば、それは在日の言語として位置付けられ、“新しい言語の新しい声と位置が「母語」を改めて変更させる”のである.
목차
2. 국가와 민족⋅국민이라는 협곡
3. 일본어와 ‘재일’아이덴티티
4. 저항 담론
4-1. 대안문화로서의 일본어
4-2. 뒤섞인 언어의 의미
5. 나오며
[參考文獻]
<要旨>
