원문정보
초록
일본어
19世紀半ば以後、世界資本主義体制に編入され、国民国家を成立させていく日本では、積極的に西洋文明を対面し、それを吸収しようとした。日本人の接した西洋文明の実像は、主にヨーロッパ近代都市の巡歴を通じたもので、日本近代都市の形成もまた、西洋の経験から大きな影響を受けながら行われた。開国以後、日本の代表的な西洋文明体験としては、1871年から1873年に亘って欧米12ヶ国へ派遣された岩倉使節団が、広く知られている。しかし、岩倉使節団は近代西洋都市に対する最初の体験ではない。すでに、江戸幕府は1860年の遣米使節団をはじめとして、1867年の遣仏使節団に至るまで、西洋都市を直接訪れる多数の使節団を派遣したことがあったのである。したがって、西洋近代都市に対する日本人の認識を解明するためには、幕末使節団の体験から検討する必要があると考える。その中でも、1862年、江戸幕府により最初にヨーロッパへ派遣された文久使節団は、幕末の代表的な西洋都市体験として、明治政府から派遣された岩倉使節団に比肩されるものである。本稿では、約10年の隔たりを持ちながら西洋都市を巡歴した、文久使節団と岩倉使節団に対する比較検討を通じて、明治維新を前後に、日本の西洋文明および近代都市に対する認識の実態やその差異を確認しようとした。特に、西洋都市に対する日本使節団の認識を都市の基盤施設、都市文化、都市問題の三つの側面に分けて分析․検討した。幕末維新期の使節団は、様々な施設を見聞しながら西洋都市に対する認識を深めることができたが、彼らの認識が日本での近代都市の造成においてストレートに反映されたことではない。近代都市に対する調査が使節団の主な目的ではなかったし、都市計画の担当者が使節団に加えなかったことを考えば、当然なことかも知れない。しかしながら、近代都市に対する使節団の体験と認識は、日本の都市改造事業の推進者たちのそれらとあまり異ならながったため、日本の現実を考慮した上、取捨選択されたり、時代的必要により変容されていったと言える。これについては、これから研究を深めていきたい。
목차
2. 근대도시의 기반시설에 대한 인식
3. 도시문화에 대한 인식
4. 도시문제에 대한 인식
5. 맺음말
참고문헌
要旨
