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역도산과 내파하는 쇼와천황 내셔널리즘 ― 미야모토 데루 「역도산 동생」론 -

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力道山と内破する昭和天皇ナショナリズム ― 宮本輝「力道山の弟」論 ―

임상민

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초록

일본어

宮本輝の短編「力道山の弟」は、昭和天皇が亡くなった1989年1月7日前後に書かれ、天皇が亡くなった後の1989年3月号の「小説新潮」に掲載された作品である。勿論、単なる時期的な一致だけではなく、「力道山」という戦後日本を象徴する人物をはじめ、小説の中に登場する戦争世代と戦後世代、中国と日本、父の死と次の世代の門出、過去の回想と評価などは同時代の天皇と天皇制を議論する時に出てくるキーワードと多くの接点を確認することができる。しかし、同時代に天皇の戦争責任を追及する人やその家族までに脅迫が相次いでいたことを考えれば、小説の中に天皇を直接に登場させることなく、むしろ「天皇の次に有名」だった力道山を登場させたことはとても興味深い。小説は1988年の現在の「私」が父の遺品の中で発見した「力道粉末」の封筒をきっかけに、1958年に「力道山の弟」を名乗りながら、秘薬を売る香具師をめぐる思い出を戦後世代の「私」と戦争体験世代の父の視点を交差させながら描いている。大事なことは戦後世代の「私」にとっては、力道山の弟はパワーを象徴する戦後日本の身体である反面、戦争体験世代の父にとっては中国人の友達である「高万寿」を忘却させる存在として描かれている点である。そして、こうした世代間の認識の差は、昭和天皇が亡くなった後に見られる戦争体験世代と戦後世代の共通の天皇観を沸騰させる。体験の差はあるものの、両方の世代における天皇とは、「病気の家族(父親/おじいさん)」として受容されており、このような図式は「天皇の拒否=非日本人」という排除の図式を内包している。従って、こうした天皇観は、結果的に日本の戦争責任問題を忘却させることになる。しかし、小説「力道山の弟」は中国人「高万寿」と結婚した日本人の女性が戦後日本の高度経済成長を象徴する力道山の弟と関係を持つことを批判的に描くことにより、日本の高度成長と引き替えに戦争責任を忘却しようとする問題を追及しようとした。そして、これを同時代の文脈から考えれば、昭和天皇の死を前後にして沸騰する「天皇の受容=日本人」という昭和天皇ナショナリズムを内破しようとしたとも言えるのである。そして、小説の中には力道山の国籍に関する具体的な記述はないものの、特定の人物が発するメッセージを特定の人達が受信できるシークレットメッセージという側面からすれば、小説の中で日本人の中にさりげなく登場する「朝鮮人の老婆」と力道山がよく行く店が戦後の在日朝鮮人を強く連想させる「ホルモン焼き屋」だったという設定は、力道山の両犠牲を浮上させる記号として機能しているとも言える。シークレットメッセージの両犠牲は戦後世代の「私」には「五寸釘」のトリックが分からなかったのに、戦争体験世代の父にはそのトリックが分かってしまうというエピソードにも見られる。すなわち、小説「力道山の弟」はシークレットメッセージに見られる受信/切断という構造を作品の様々なところに配置することにより、同時代の昭和天皇ナショナリズムに内包されている「天皇の受容=日本人」という排除の図式のトリックを内破しようとしたのである。

목차

1. 들어가며‘1989년’의 동시대성
 2. 쇼와천황 사망과 세대론
 3. 해체되는 역도산 상식론
 4. 역도산과 시크릿 메시지
 5. 나오며
 참고문헌
 要旨

저자정보

  • 임상민 林相珉. 동의대학교 일어일문학과 조교수

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

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