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 本論文は、『古事記』の女鳥王物語の後日譚には『日本書紀』の記録とは違って大楯連の死が語られていることに注目し、『古事記』が『日本書紀』には存在しない死を通して何を語ろうとしていかるかについて考察を行ったものである。 そのため、まず『古事記』中․下巻における死の様相について検討した。その結果、『古事記』中․下巻の登場人物の死は、平定や反乱を鎮圧する場面で現れており、その死の原因も王権への叛逆や王権実現(寄与)を妨げた結果であったことがわかった。これは『古事記』上巻の神の死が何らかの形での復活を前提としていることを考え合わせると、『古事記』中․下巻における死の様相の特徴といえる。 このような『古事記』中․下巻における死の様相とともに『古事記』が下巻の初頭をかざる仁徳天皇を通して「儒敎的天皇像」及び「皇后像」を提示しようとしていた点を考慮に入れると、『古事記』はやはり自分の主君に対する叛逆行為をも辞さなかった大楯連の死を通し、道義的かつ望ましい「臣下像」を提示していたのではないかと考えられる。 『古事記』は、しばしば大陸風の漢文体文と理念に基づき、対外に権威を誇示すべく編纂された『日本書紀』とは異なっていることが強調されているが、こうしてみると、むしろ『古事記』のほうが君臣の道義と体面を重視する儒教的倫理に徹底していることが窺われて興味深い。