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これは海上真人と鄭経一家がどのような関係を持っていたかを究明したものである。朝鮮王朝が滅びるという予言は建国初期からあった。しかし、その主体はまだ特定されなかった。以後鄭氏に固定されたが、それは朝鮮に反感を抱いた人物の中に、鄭夢周や鄭道伝のように鄭氏が多かったからである。そしてこれが道詵の書いたと云われる予言書に、これから鄭氏が朝鮮を支配するという内容で収録され、朝鮮王朝に批判的な人たちの間に広まった。ところで、折しも鄭経の朝鮮侵攻説が流布され、彼を鄭真人と思う雰囲気が形成された。同じ鄭氏であるうえに、朝鮮政府を滅亡させるほどの実質的な武力を所有していたからであろう。そして、この鄭経真人説はかなり広がっていた。しかも、彼が漢江に現れると、百姓たちが歓迎するだろうという主張が出るほど、大きな人気を得ていた。その後、国家権力の及ばない場所として海島が脚光を浴びるようになり、鄭経の息子が海上真人だと主張する人々が出現した。もちろん、この時鄭経の息子はすでに死んでいた。しかし、彼らは、このような史實にこだわらず、鄭経一家が海上真人と主張していた。そして、このような主張は、民衆の間でかなり長く生きていた。事実上、鄭経一家は海上真人になる最適の条件を備えていた。海上真人は「南の島で兵を起こして、朝鮮を滅ぼし新しい国を作る鄭真人」である。そして鄭経一家は「南にある台湾島で強力な軍隊を持っており、間もなく朝鮮を征伐して新王国を建国する鄭真人」である。あまりにもぴったりであって、鄭経一家を想像しながら海上真人を作ったのはないか、という思いがするほどである。鄭経一家が歴史の舞台から消えた後にも、長く人々の間で海上真人として記憶されたのも、このためであろう。